雪が舞い落ちるクリスマスイブ……

イルミネーションに照らされ、一つに重なる二人のシルエット。
僕はこの手で、小野寺さんの……愛しい女性の背中を抱きしめている。
……自然なことだと思う。
彼女が泣いていたから。
何かをしてあげたいと思った。
捨てられている子猫をこの手で抱きしめるような……そんな優しい気持ちで、今、彼女を抱きしめている。
体温を感じることができないくらい彼女の体は冷たかった。
いったいどれくらいの間僕を待ってくれていたのか?

「……好き
 ………………
 ……です」

胸に込み上げてくる愛しさに身を任せ……
今までずっと言いたかった言葉、言い出せなかった言葉、そして……今だから言える言葉を、耳元で囁く。

「わ……」
「えっ?」

……ドサッ

僕の言葉にぴくりと反応したと思ったら……次の瞬間には彼女はその場に倒れこんでいた。

「小野寺さん!?」

何が起こったのかも分からないまま僕は呼びかける。


それから後のことはよく覚えていない。
ただ、ぐったりとして返事をしない彼女を背負い、必死で走っていた……

「小野寺さん?……調子はどう?」
「ん……まあまあかしら……」

僕は彼女の部屋にいた。
彼女はゆっくりとベッドから体を起こし、眠そうな顔を見せる。
……あのクリスマスから2週間がたった。
医者の話によると、肺炎を起こしかけていたらしく、学校を休み、自宅静養の日が続いていた。

「ほらっ。お粥、作ってきたよ」
「どうも」

お盆の上に置かれた容器には、お粥が湯気を吹いている。
2週間の間同じ物を作り続けたおかげで、美味しそうにできあがっている。
愛の力……なんて言うのは照れくさいけど、彼女のために作ったお粥なんだから、そういうことになる。

「はい。どうぞ」
「うん……」

ゆっくりと、ゆっくりと一口……

「美味しい……」

そう言って穏やかな微笑む彼女を見ながら、『シェフには男が多いのは……』なんてCMをを思い出していた。


「ごちそうさま」

小野寺さんは僕の作ったお粥をきれいに食べてくれた。

「もう、大丈夫よ」
「よかった……倒れた時は本当にどうしようかと思ったよ」
「今日まで心配かけて悪かったわね。おかげさまで全快したみたいよ」
「そっか……」

僕は、元気そうな彼女の顔色を見て、ホッと一息ついた。
これで明日からすべてが元に通る。
一つの屋根の下で彼女との生活が戻ってくる。
一緒にご飯を食べ、時々けんかをし、仲直りをする。
当たり前になりかけていた同居という関係、好きな女性との幸せな毎日がまた始まる。
……そして、クリスマスの出来事までもが忘れ去られて行く……

「あのさ……」
「何?」
「あの時……」
「あの時っていつよ?」
「だから……」

……あのクリスマスの夜

「はっきり言わないと分からないわよ」
「その……」

……僕の言ったこと覚えてる?
あの時、僕は確かに告白した。好きだと初めて言うことができた。
……それなのに

「何なのよ?一体?」
「小野寺さんは……」

……覚えてないの?

「はっきり言いなさいよ」
「……ごめん。何でもないんだ」
「はぁ?」

もう一度勇気を出せばそれで済むことなのに、今更ながら言い出すことができない。

「ねぇ。ちょっと」
「……」
「何ぼおっとしているのよ」
「あ、ごめん……何かよう?」

いつのまにか小野寺さんは起きあがってベットから出て、大きく伸びをしていた。

「せっかく全快したんだし、たまには一緒に外に出ない?」
「え……うん」

同居人としての、いつもと変わらない小野寺さんが、そこにはいる。

「なぁに?あんまり嬉しそうじゃないわね」
「あ、や、嬉しいよ。ところで何所に行くの?」
「ちゃんとした格好に着替えてきなさい。なんせ……」

小野寺さんはそこで一呼吸置いてから、こう言った。

「なんせ、あなたは私の恋人なんだから」
「え?…………えぇ〜〜〜〜〜!!??」

「はい。OO君。ジュースが来たわよ」
「あ……どうも。小野寺さ……」

……ギュッ

「痛たたたたた……」

僕の手の甲には彼女の爪が突き立てられ、激痛が走る。

「ちょっと! 何を……ひっ!」

『何をするんだよ!』と、続くはずの言葉は、彼女の一睨みによってかき消されてしまう。

「『小野寺さん』って呼ばないでって言ったでしょ?
今日は『桜子』って呼びなさい」
「あ……ごめん。桜子……さん」

小野寺さんは『それでよろしい』という顔をして、僕の前にジュースを差し出し、僕はそれをちびちびと飲みながら辺りを見まわす。
カウンター越しの棚には、びっしりとボトルに入ったお酒が並べられている。
種類はよく分からないが、色とりどりに光を反射して、なんともきれいだ。
少し離れた所にあるテーブルには、二十代から三十代ぐらいの人達がウィスキー片手に談笑をしている。
恐らくここに居る客層のなかで、未成年なのは僕達だけだと思う……
僕は居心地の悪さを感じていた。

「きょろきょろしないでよ。私まで恥ずかしくなるじゃない」
「だって……」

彼女は至って冷静……というかこの状況を楽しんでいる様だった。
僕はどうしても落ち着くことができない。
大人になるまで縁のない所だと思っていた、クラブという所に僕達はいる。
それもよりによってカウンターの席に。

「それより、あなたの役目、分かってるわね?」
「え、うん」
「だったらもっと恋人らしくしなさい。いつあいつが来るか分からないんだから」

『あいつ』と言うのはこのクラブを経営している彼女の親戚の男で、しつこく言い寄って来るらしい。
そして彼女と恋人のふりをして、その男を追い払うのが僕の役目になっている。

「本当にあいつ、しつこいんだから……」
「そんなに嫌な奴なの?」
「そうっ。特に性格が最悪なのよ。キザッたらしくて、嫌味で、いつも紳士ぶってるし……」
「そんなに嫌なんなら相手にしなければいいのに」
「もうっ! 嫌だからこうやってこっちからしかけてやるんじゃない!」
「そんなもんかなぁ?」

僕はわざわざ病み上がりにこんな所に来なくてもいいような気がした。
時々彼女の気まぐれにはついて行けなくなる。

「それよりっ! いくわよ」
「えっ? あっ!?」

小野寺さんはよりそって、僕の手の上に手を添えてきた。
細い彼女の指は、思ったよりもずっと柔らかく、そして暖かかった。
肩の辺りに彼女の温もりを感じる。呼吸を感じることのできる位置だ。

「お、小野寺さん?」
「もう。これくらいで動じないいでよ。あと、小野寺さんは止めなさいって言ったでしょ?」
「そんなこと言ったって……」

……グッ

「あっ……」

添えられた彼女の掌に力が入る。

……トクンッ……トクンッ……

僕はコチコチに固まっている体に力を込め、思いきって彼女の手を握り返した。

「やれば出きるじゃない」
「桜子……さん」
「そうそう。その調子よ」

……トクンッ……トクンッ……

頭に血が上って行くのを感じる。
肩の辺りにある彼女の顔を見つめると、彼女は軽く微笑んでいた。

「ふふ……OO君。顔が真っ赤よ」
「えっ、こ、これはその……」
「落ち着きなさいよ」

落ち着けと言われても、出きる訳がない。
彼女と手を握って、こんなに近い距離にいるのだから……
許されるのならば、あの時のように抱きしめてしまいたい。

「……桜子さん」
「なぁに?」

これは恋人ごっこなのか?

「……僕は……」
「うん」

……違う。僕は違う。
彼女の前で、恋人のふりをするなんて器用な真似はできない。

「……好きなんだ」
「ふふ、私もよ」

……違う。

「そんなんじゃなくて……僕は……」
「?」
「僕は本気で……」
「やあ、桜子さん。やっと僕の誘いに乗ってくれたんですね?」

と、そこで第三者によって僕の言葉は遮られてしまう。
振り向くと、僕よりもいくらか年上の男がニヤニヤと笑みを浮かべて立っていた。

「あら。お久しぶりね」

小野寺さんは僕に目で合図を送った。
小野寺さんの言う所のキザッたらしくて、嫌味で、いつも紳士ぶっている親戚がやって来たことを意味した。
……それにしてもタイミングが悪い……

「紹介するわ。私の恋人のOO君よ」
「な!?」

それまで堂々としていたその男は、表情を曇らせた……が、僕のほうをちらりと見ると、すぐ元に戻って、こう言った。

「ふぅ……またまたご冗談を……僕をからかわないで下さいよ」
「あら。冗談なんかじゃないわよ。私達つきあってるのよね?OO君」
「あ……はい。そう言うことになっているみたいで……」

……ギュッ

小野寺さんは笑顔を浮かべながら僕の手をつねる。

「そ、そう、僕達は付合ってます」
「ふ……見えすえた嘘をつかないで下さい」
「あら?どうしてそう思うの?」
「だって……」

その男は僕を見下すように見て、ため息をつく。
状況についていけずに僕は固まっていた。

「だって、この男……OO君でしたっけ?
彼が桜子さんの恋人だなんて信じられません」
「だからどうしてよ?」
「だって……」

その男はそこで一呼吸起き、もう一度僕を見据えた。
僕は相変わらず固まっている。

「ずばり、OO君はルックスがよろしくない。
とても桜子さんに釣り合うような男性ではありませんよ」
「な!?」
「なっ!?」
その時になってようやく固まっていた体から開放された。
小野寺さんの言うように性格は最悪らしい。

「そんな言い方はないだろ……」
「ちょっと!!! そんな言い方はないでしょう!?」
「えっ? 小野で……桜子さん?」

しかし爆発したのは小野寺さんの方だった。

「おっと。失礼」
「ちゃんと謝りなさいよ」

彼女は、とても芝居には見えないほど、熱くなっていた。

「悪かったです。でもこんな男があなたの恋人のはずがないじゃないですか?」
「なんですって? もう一度言ってごらんなさいよ!」
「さ、桜子さん。僕はもういいから」
「あなたは黙ってなさいっ!!!」
「は、はいっ……」

……恐い……

「だから。失礼ですが、この方はよりも私のほうが……」
「なによっ!? 男は顔じゃないわ!?」
「でも、ルックスも大事でしょう?」
「ちょっと待ってよ。それじゃあ僕がまるで……」
「あなたは黙ってなさいっ!!!」
「君は黙っていたまえっ!!!」
「はいっ……」

二人は僕を取り残して、どんどんヒートアップして行く。
何て言うか……会話の中心の筈の僕だけがかやの外にいる……

「じゃあ、逆に聞きますけど……桜子さんは彼の何所が気に入ったんですか?」
「そんなの決っているじゃないっ!!! ……優しいからよっ!!!」
「はっ?」
「えっ?」
「……自覚してる? 他はともかく、あなたって性格が最悪なのよ!!!
彼はあなたの何倍も何十倍も何百倍も、私にとっては大切な人なの!!!」
「……」
「桜子さん?」

小野寺さんは言い終わるとふーふー息をついていた。まだ興奮さめやらぬといった感じだ。
僕も、その男もその様子のあまりの意外さに、きょとんとしていた。
しばらくして男は頭を掻き、笑いながら切り出した。

「は……はは。これは手厳しいなぁ。そこまで言うんなら……
 二人が付合っている証拠を、見せて下さい」
「証拠って……何よ?」
「簡単なことです。ここでキス……でもしていただければ私も諦めますよ」
「キ、キスですって?」
「そう。付合っているんなら大したことじゃないでしょう?」

男は勝ち誇ったように微笑んだ。
僕達二人は、顔を見合わせる。
小野寺さんの表情からは、明らかに焦りの色が覗える。

「そ、そうね。そんなこと、お安いご用よ」
「えっ?」

小野寺さんは目を閉じ、顔をこちらに向けた。

「さ、桜子さん?」
「いいから。いつもみたいに」

僕はごくりと生唾を飲んだ。
状況が状況とはいえ、彼女とキスをするチャンスが、突然目の前に現れてしまった。
数十センチ前で、無防備な彼女唇がある。
ピンク色の口紅をまとい、微かに湿り気を帯びていて、ひどく魅惑的だった。
誘われるままに彼女の両肩に手を添えた……が、

「……!?」

震えている? ……そう感じた時、僕は我に返った。
彼女の体はこれから行われる行為を予期し、激しく震えていた。

「桜子さん?」
「いいからっ! 早く」

僕はどうしたらいいか分からなかった。
勢いに任せてしまえば彼女と僕の唇を重ねることができる。
いっそそうしてしまいたい……けれど……

「はは、どうしたんだい? 二人とも?」

男の笑い声が聞こえる。
しばしそのままの状態が経過し、小野寺さんは諦めたように閉じていた瞳を開いた。

「ほらっ。やっぱりできないんじゃないですか」
「こ、これは、その……」

小野寺さんは必死に取り繕うが、もう言葉には説得力がない。
ふと、小野寺さんが涙ぐんでいることに気付く。

「……桜子さん……」

・・・

『ちょっと!!!そんな言い方はないでしょう!?』

僕のために怒ってくれていた?

・・・

『彼はあなたの何倍も何十倍も何百倍も、私にとっては大切な人なの!!!』

僕のために今、泣いてくれている?

「ふ……どうせこんなことだと思ってましたよ」
「その、今日はちょっと……」
「桜子さん」
「えっ?」

それが優しさと呼べる物かは分からない。
それが愛と呼べる物かは分からない。
僕の勝手な思い込み、押しつけなのかもしれない。
それでも構わなかった。
僕は……大切な女性の為に、それをした。
震える肩に手を添え、潤んでいる瞳を見つめ……そして……

……チュッ……

……柔らかい……

そう感じたときの僕には、いやらしさみたいな物は、全くなかったと思う。
胸の中には愛しさだけで一杯だったから。

「……OO……君?」

彼女は何が起こったか信じられない様な顔をし、たった今さっき触れられた唇に手のひらを当てていた……
僕の唇には、彼女の感触が残っている。彼女の唇にもきっと……

「桜子さん……」
「……」
「好き……です」

「ふふふ……さっきのあいつ、情けない顔だったわ」
「そ、そうだね」

あれから1時間あまりが経過し、夜が深まり、店内には本来の雰囲気が漂い始めていた。

「『もう帰ってくれ』って、泣きそうな顔で言うんだもん。
 笑っちゃうわよね?」
「う、うん」

今は再び二人きり……うってかわって明るい会話が行き交っている。

「ふふ……それにしても、あなた、なかなか芝居が上手ね」
「あ……さっきはいきなりごめん」
「いいのよ。キスぐらい」
「そっか……」

また強がっている……まあそれが彼女らしいといえばそうなんだけど……

「あのさ……」
「何?」
「さっき僕が言ったこと……」
「ああ。なかなかの演技だったわよ」
「……」

また……伝わらずじまいか……心の中でため息をつく。
『好きだと』言えた時に限って、上手くいかないらしい。

「小野寺さん」
「うん?」
「ちょっと、トイレ行って来る」
「早く戻ってらっしゃいよ」
「うん」

僕は、立ちあがり、唇に手を当て、彼女を想っていた。
彼が戻ってくるまでに少しの間……

「私も……好きよ」

彼女も唇に手を当て、彼を想っていた。
そしてクリスマスの夜の出来事を思い返していた。

to be continued ...

後書き

ちょっとおだてられるとすぐいい気になる>僕の悪い癖
ぷしゅぅーーー反省反省。

前回、色々暴走しちゃったかも…ごめんなさい。
原点に立ちかえってがんばってきまふ(溜息)。
今回は、偽装恋人inバー編(って言うかまぜまぜ)なんですが、クラブってどう言う所かよく分かりません。(そもそもクラブって言うでしょうか?)
誤った書き込みがあったらご了承を…

それじゃ、また


作品情報

作者名 ワープ
タイトルずっといっしょにいるために
サブタイトル7:同居人として…恋人として…
タグずっといっしょ, ずっといっしょ/ずっといっしょにいるために, 小野寺桜子, 大森正晴, 三条真
感想投稿数20
感想投稿最終日時2019年04月09日 10時01分41秒

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