あの日。

部活の練習で、何度も何度も駆け抜けたこの河川敷に2人寝そべって空を見上げた。
僕達の手には卒業証書が握られ、もう片方の手はお互いの手を握り合いながら。

あの日。

彼女は「あなただけを応援したい」と言った。
僕も彼女に想いを告げた。

あの日。

全てがたどり着いたと思いこんでいる無邪気な18歳だった。
全ての始まりはそこからだったのに。

あの日。


やわらかな日差しと、青みを増す空の所々にゆったり浮かぶ大きな雲。
視線の隅にお互いを残しながら、去り行く日々に思いを馳せていた。
3年間。出会いがあり、別れがあり。出会ったからこそ、ここで彼女は僕の側にいる、
同時に別れがあるからこそ2人はここに居ることが出来ているかも知れない。
全ての時間の積み重ねが人を組み上げるならば、2人の時間の交差する場所はまさに
この時のような気がしていた。いつまでも続くようなこの時は僕達を完全な世間から隔離された
存在だと思いこませ、僕の世界というものに全ての想像力を費やした。
これからの僕たちはこの気候のように柔らかく暖かいことを。
「色々あったけど、結局楽しかったよね」
傍らの彼女が声をかけてきた。
「もうこの道を汗だくになって走るなんてことも無くなるんだと思うと寂しい気もするけどね。」
「走ってたよね、いっつも。私はそれを見ているだけだったけど」
「虹野さんだってよく一緒に走ったでしょ、この道」
視線の隅の彼女は僕の方を向き直って
「ううん、あなたを見るために追いかけていた。いつも一生懸命なあなたとは全然違う
 目的だったから、走っただなんてそんなこと……」

僕たちはこの道を本当によく走った。夏草の草いきれ、冬の霜柱。道ばたにたんぽぽの
綿帽子を見つけたり、落ち葉を踏みしめたり。僕たちの側にはいつもその姿があった。

「虹野さんが一生懸命じゃなかったら僕があんな所まで行けなかったと思うけどね」
夏の甲子園。とてつもなく熱い夏だった。直射日光とスタンドの熱気が肌に伝わってきて
果てることなく汗を流し、燃え尽きるまで体を使いまくった。
「あれは私なんかなんにもして無いじゃない、あなた達が全部頑張ったから」
燃え尽きた時、その姿がなければ僕はここに居なかった。
土を入れた袋を大事そうに抱えて立ち尽くす僕の前で少しだけ涙を見せた後、笑顔
−−−−僕はその時になってようやくなぜ自分がその場所を目指したのか分かった。
なかなかそれを認めなかった素直でない自分とその時すっぱり別れを告げた。
僕は自分がそうだと思う前からずっと好きだったんだ。こころのどこかできっと。

「あの時からかな、こんな日がくるのを本気で考えたのは」
「えっ・・・」
彼女は僕を向いていた顔を慌てて背けた。恥ずかしい台詞を口にしたことを自覚するまで
僕の方が時間がかかった。あわてて僕も視角の中から彼女を外した。
彼女の呟きまでしばらく声のない時間が流れた。
「あの時・・・か」
記憶をよみがえらせているような声だった。何を考えているんだろう。
その時、ふと感じた孤独。
気持ちは一緒でもやっぱり心は違うのかも知れないな、と。あの日思った。

その次の日、約束通り僕は彼女の家に出向いた。腕によりをかけた料理は最高で褒める
言葉を探すためボキャブラリーのない自分を呪いたくなるくらいだった。
すっかり板に付いたエプロン姿で僕の食べる様子を眺める仕草を不思議そうに見つめると
「だって美味しそうに食べてくれるから嬉しくって」そう返ってきた。
なんだか少し考えている様でもあった。

それからしばらく経って食べ終わってから改めてきちんと片づいた部屋を見回すと伏せられた
写真立てを見つけた。
食器を片づけに行っている彼女に悪いと思いつつそっと覗くと
「だめっ!!」
と、ちょうどのタイミングで部屋に入ってきた彼女が慌てて取り上げて手で隠してしまった。
「これだけは・・・見ないで」顔の赤さは隠し切れていなかった。
「あ、UFO」
「そんなこと言ったって駄目なのっ」
だけど、彼女が隠す直前の一瞬だけ僕は見てしまった。その中に高校2年生の僕の
夏服姿が有ったことを。
僕の意識はとても鈍いらしい。僕よりずっと前から僕を意識していたことなんて全然
知らなかったから。僕が自分の気持ちに気付かなかった時間と、彼女の気持ちに
気付かなかった時間、どちらが長いかなんて関係ない、だって現にこうしている僕たちが
居るんだから。だけど随分長い平行線をたどってきたな、ふとそう感じたんだ、その時は。

結構長居して、帰ろうとすると彼女は駅まで送ってくれると言い出した。
薄暗くなってきた時間なので断ると
「ちょっと本屋さんに行きたいから付き合ってくれない?」
と逆に誘われた。
少しだけ彼女に暗い道を歩かせることに躊躇したけれど、断る理由もないので
了解することにした。

駅ビルの4階全部を使った本屋に着くと、彼女は料理関係の本のコーナーに向かい、
本棚を隅々まで眺めることに没頭した。隣のコーナーは進路関係の本が置いてあった。
卒業したばかりでこれからの進路も一応決まっていた僕にとって、関係のない話が
書かれている本は僕は関心を示さなかった。だけど彼女の視線がその本棚へ流れて
来たことを止める術も無かった。その時、彼女が何気なく手にした本の事に注意を
払おうとも思わなかった。


あの日。あの2日。その日がなければどれだけ僕たちは違った2人になれていられたんだろう。
ずっと夢見る18歳のままで居られたかも知れない。

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作品情報

作者名 雅昭
タイトル悪意に満ちたSS〜沙希編
サブタイトル序章
タグときめきメモリアル, ときめきメモリアル/悪意に満ちたSS〜沙希編, 虹野沙希
感想投稿数24
感想投稿最終日時2019年04月10日 22時07分01秒

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