小さな光が夜空にあがったと思うと、すぐに光の花が咲いた。
わずかに遅れて空気を揺るがすような大きな音が聞こえてくる。

「わぁ」
驚きの声が隣であがった。
嬉しそうな響きが十分にこもった声だ。
チラリと横目で声の主の目を見ると、瞳に花火がキラキラと映っているのが見える。
その瞳から俺が目を逸らすまで、気づかれるんじゃないかとヒヤヒヤした。
気づかれても、きっとニッコリ笑ってくれるだけかもしれない。
今日はそんな瞳を受け止めるのは無理かもしれない。いや、今まで本気で受け止めた事はない。
いつか本気で受け止めないといけない時が来るのだろうか‥‥
そう思っている間にも、次々に色とりどりの光の花が咲き乱れる。

この花火は、詩織と来た神社の縁日での締めくくりの花火大会だ。
「これが昇り竜七変化かぁ」
あまりの凄さに、どこがどう七変化だかはわからないが、確かに色とりどりの光の花が夜空に咲き乱れる様は、まさに七変化と言ったとこだ。
「そういう名前の花火なんだ‥‥‥」
感心したような声。
「一緒に見れて‥‥」
そう聞こえた時、ひときわ大きな花火が夜空を昼間にするほど咲き乱れ、うるさいほどの音が鳴り響いた。
「え? なに?」
まだ音が耳に残ったまま、詩織に聞き直すと、
「‥‥ううん。いいの、なんでもないから」
と、微笑みながら首を小さく振るだけで、続きを答えてくれなかった。
でも、聞かないでも俺にはなんとなくわかった。
「よかった」と、そう口が動いていたような気がする。
間違いでなければ‥‥‥だ。
本当のところは、詩織の胸の内だ。
今の俺には、誤解だとしても、それで十分ではあったが‥‥
「ただいまをもちまして、本日の打ち上げ花火は終了致しました。
 また来年もよろしくお願いいたします」
そういうアナウンスが響きわたった。
花火の音の代わりに、見ていた人たちのざわめきが境内を埋めていく。
「終わっちゃったね‥‥‥」
「ああ‥‥」
夜空は、さっきまでの明るさがウソのように、少しばかりの星を湛えている。
今までが賑やかだった分、急激にさびしくなった感じだ。
「祭りの後‥‥っていうんだろうな。こういうの」
「‥‥‥うん」
詩織の寂しそうな頷きに、なんとなく手を少しだけ横に動かした。
握るつもりじゃなかった。だたなんとなく訳もわからずに動かしただけだ。
当たり前のように、詩織の手に軽く触れる。
当たってから、自分が手を動かした理由がわかったようなが気がした。
それまでは、ほとんど無意識に近かったかもしれない。
ハッとして、思わず手を退けた。
同時に詩織の方を見ると、詩織も少しビックリしたようにこっちを見ていた。
「ご、ごめん」
「え、あ‥‥ううん」
境内の夜店の明かりが、そう言いながら微笑んだ顔を照らしている。
一瞬だけ触れた肌の感触が、ドキっとするほど手によみがえってくるようだ。
「え、えっと‥‥‥どうする? まだ夜店見ていく?」
誤魔化す必要はないのに、なぜか誤魔化さないといけないような気分になった。
「ううん‥‥もう十分見たから」
「そっか‥‥それじゃそろそろ帰ろうか」
「うん」
例えまだ居ると言っても、すでに祭り囃子は聞こえなくなっているし、夜店もぼちぼちとたたみ始めている。
これ以上祭りの後の気分を長引かせるよりは、帰った方が得策かもしれない。
しかも、高校最後となれば、なおさら感傷深くなる。
神社の階段をおりようとしたとき、詩織が振り返って寂しそうな目で境内を見たのが
すごく印象に残った。

思い出したように蒸し暑くなってきた。
そんな夜道に、詩織の下駄の音がカラコロと響く。小気味いい音だ。
神社を出たばかりの時は、まだ祭り帰りの人達が回りに居たが、今はもうほとんど人気は無い。俺達の足音だけが響く。
昼間の匂いはとうに息を潜めて、夜のなんとも言えない匂い。
雰囲気の匂いとでもいうのだろうか。そんな匂いを微かに感じる。
俺はこの匂いが好きだった。もちろん、昼間の匂いも好きだが‥‥‥。

「今日はとっても楽しかった」
本当に楽しそうな詩織の声。
「それに、景品も一杯とっちゃったし」
「半分は詩織が取ったんだろ。射的とか輪投げの才能あるんじゃないか?」
「ま、まぐれよ。うん、きっとそうよ」
「まぐれにしちゃずいぶん真剣だったな。目がこーんなになって」
俺は両目の端を指でつり上げてみせた。
「うそ。そんなになってないもん」
「いや、これに近かったぞ」
「もうっ、ホントに意地悪なんだからっ」
怒ったというより、困った色の濃い声だ。
「うそ。うそだよ。冗談だってば」
「もう‥‥‥知らないっ」
「怒るなって‥‥ほら、この水ヨーヨーあげるからさ」
持っていた水ヨーヨーを、三回ほど手でついてみせた。
「わたしも持ってるから、いい」
「んじゃ、水鉄砲」
袋から、安っぽい事このうえない緑色の水鉄砲を取り出した。
引き金をひくと、スカスカと空気だけが出てきた。今は空気鉄砲だ。
「貰っても使い道ないもの」
「いや、そんな事はないよ。風呂での暇つぶしとか遊ぶのに最適だし」
「男の人って、そういう事するの?」
「え? 女の子ってそういう事しないのか?」
「しないわよ‥‥たぶん。少なくともわたしは‥‥‥」
詩織の声が、だんだん笑いを堪えているような感じになってきた。
こうなるのは分かっていた。
いつまでも怒ったフリが出来る子じゃないのは俺が一番知っている。伊達に幼なじみじゃない。
ただ、それだけに辛い事はたくさんあるのは、仕方無い事かもしれない。
「じゃ、カルトマンのお面は?」
頭の後ろに回して被っていたお面を、前で被り直しながら言ってみた。
ちなみに、カルトレッドのお面だ。
余計な物を買ったような気がしたが、こんな所で役に立つとは思わなかった。
「カルトピンクじゃなきゃいや」
押え切れない声に、笑いが籠っている。声だけでなく表情も笑っていた。
「来年までにあったら、その時買うよ」
「ホントに? それじゃ、許してあげる」
もう完全に笑っている。
それより、来年‥‥‥来年の今頃。今のようにして俺の隣に詩織は居てくれるだろうか。
こうやって楽しく帰る事が出来るだろうか。
思い出したようにそんな事を考えていると
「‥‥どうしたの?」
いきなり黙ったからだろうか、少し不安そうに訊いてきた。
「ごめんなさい‥‥‥わたし、なんか言っちゃった?」
「え? あ、ち、違うよ。ちょっと考えごとしちゃって。こっちこそごめん」
お面を外しながら、首を振った。
「あ、ううん‥‥‥わたしの方こそ」
そう言って小さく‥‥本当に小さく首を振りながら微笑む姿を見ると、言い様もない寂しさで、胸のあたりが苦しくなる。
祭りの後の感傷のせいなのかもしれない。
しばらく、何も言う事が見つからずに、二人して歩いた。
さっきまでの会話が祭りならば、今の夜道に響く足音は祭りの後なのだろう。
ずっと祭りならばいい。そう思う。
でも、わかり過ぎているほどわかってる。祭りは終わるから祭りだ。
しかし、終わるからこそ祭りは始まる。
「それにしても、暑いな‥‥俺も浴衣にすればよかったかな」
黙っていると、暑さを余計感じるせいか、思わず声が出た。
なんとなく詩織が、ときたま吹く撫でるように柔らかい風に、気持ちよさそうに目を細めているのを見たからかもしれない。
「そうね。せっかくのお祭りだったんだし」
「来年‥‥‥着てみるか」
「うん。楽しみにしてる。…の浴衣姿なんて、小学校の時以来だから」
ニッコリと笑ってはくれたが、俺の言った意味をわかってくれているかどうかは全くわからない。単なる軽い気持ちでの笑みかもしれない。
さりげなく込めた来年の約束。さっきのお面の時よりそれを意識して言ったつもりだった。
確かに、ハッキリと言わない限り伝わる事はないだろう。
言わなくても伝わるなんて、ハッキリと言った後の台詞だ。
しかし、わかっていながら、どうしても言えない。
恐いからだ。結果が。
「そうだな。あ、でも‥‥今俺が着れる浴衣なんて持ってなかったっけ」
「そうなんだ‥‥‥」
「どっか買いにいくかな‥‥‥」
浴衣は見ているだけでいいと思っていたが、気持ちよさそうに着こなしている詩織を見ていたら、どうにも着たくなってきた。
「ねえ、…」
じっと俺の方を見ていた詩織が、何か考え付いたのか、ぽつりと話し出した。
「ん? なに?」
「もし良かったら‥‥‥でいいんだけど、わたしが作ってもいい?」
「え?」
言葉の意味がよく判らなかった。
いや判ってはいたが、信じられないせいもあって頭が一瞬止まったのかもしれない。
「いい模様の生地があれば、わたしが‥‥」
「作るって? え‥‥‥浴衣を?」
俺の言葉に、無言で頷いた。
「実を言うとね、ちょっと前に夕子ちゃんと古式さんの所へ遊びに行った事があって‥‥‥
 その時、古式さんが作ってたから、色々教わったの」
「へえ‥‥‥」
「彼女、お裁縫とかほんとに上手。わたしも見習わなくちゃ。
 女の子だから‥‥って言うより、出来ないより出来た方がいいと思うし‥‥‥」
「まあね‥‥そりゃそうだ」
以前、制服のボタンを付けて貰った時の手際を見る限り、全然問題ないような気がするが、上を目指そうとしているあたり、詩織らしい。
「だから‥‥‥浴衣、わたしが作ってみていい?」
「う、うん。大変じゃなければ、こっちから頼みたいけど」
本当ならば嬉しさのあまり飛び跳ねたい気分だったが、それをなんとか抑えて言った。
声がぎこちなくなかったかと心配する余裕もない。
「ホント? 良かった」
嬉しそうな色の瞳に、ビックリするくらい鼓動が高鳴った。
卒業までに心臓が持つかどうか心配になるくらいだ。
「じゃ、頼もうかな?」
「うん。まかせて」
自信があるというより、やる気があるという感じだ。
「そうだ‥‥‥ねえ、…、明日空いてる?」
「俺? いや‥‥別になんにも予定ないけど」
「ほんと? それなら‥‥‥一緒に生地とか探しに行かない?」
「え? ほんとに?」
「うん‥‥だって、生地までわたしが選ぶ訳にも行かないでしょ?」
「いや、俺は別に構わないけど‥‥‥」
「駄目よ。それに、寸法だって計らないといけないし」
「大変なんだなぁ」
それでも、そんな大変な事をしてくれるというせいもあって、さっきから口元が緩みっぱなしになっている。気がつく度に締め直すほどだ。
そこまでしてくれる理由はなんなのか。今聞けたらどんなにいいだろう。
「ううん。そんな事ないわ」
「そうなの? よくわからないけど」
「ふふっ‥‥」
何が可笑しかったのか、不意に詩織が抑えるように笑った。
「な、なに? どしたの?」
「あ、ごめんなさい‥‥‥なんでもないの」
「なんだよ。気になるじゃないか」
「いいじゃない。細かい事は気にしなくて」
弾むようなリズムの声。
同時に、軽い駆け足で駆け出して行った。コロコロと下駄の軽快な音がする。
「あ、おい。下駄で走ったらあぶないぞ」
転ばせる訳にはいかない。
それは名目だ。
俺はすぐに追いかけた。
今は簡単に追い付く事も出来るだろうが、本当に追い付けるのはいつになるだろう。

夏。
祭りのような季節。
高校最後の祭り。
来年の祭りには、手作りの浴衣を着ていられるだろうか。


「なんだかんだ言って、水鉄砲持っていったな‥‥」
俺は苦笑しながら、門をくぐった。
今日、結局渡せなかった物を握りしめながら。
夜店で、詩織にはわからないようにコッソリ買った玩具の指輪。
明日、浴衣の生地を選んでもらったお礼に渡せるかもしれない。
そうしたら、さっきの別れ際に見せてくれた笑顔よりも、いい笑顔を見せてくれるだろうか。

Fin

後書き

三年目の夏休み。
夏祭り。
その帰りの一場面です。

「祭りの後」

そんなのを、ちょっとだけかきたくなって書いてみました。

夏コミで、「あの時の詩(夏)」に収録したやつなのですが、
もとが東京BBSの@PTEST育ちの文章なので買われてしまった方には申し訳ないのですが、とりあえずアップします(__)
数少ないとは思いますが、本を買われてなくて、でもいつも@PTESTで見ておられる方々のために‥‥
買われた方、そういう訳なので、本当に申し訳ないです。


作品情報

作者名 じんざ
タイトルあの時の詩
サブタイトル33:祭りの後に
タグときめきメモリアル, ときめきメモリアル/あの時の詩, 藤崎詩織
感想投稿数279
感想投稿最終日時2019年04月09日 13時32分35秒

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  • [★★★★★★] 浴衣か〜・・・あのイベントから想像したんですよね?良いお話に仕上がっていますね。できたら、来年の夏祭りに二人で浴衣で・・・なんてお話も読んで見たいです。リクエストしても良いですか?