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祭りの夜

昼間の暑さが嘘のように。

と言ったらそれこそ嘘にはなるけれど、昼間あんなに暑かったのになと言えるくらいの風が吹いた。
遠くに聞こえる祭囃子。
響く下駄の音。
いつも歩きなれた道が、暗く塗られている。
日常が非日常になる世界。

夜。


ただ、今日の夜はとびきりの非日常だった。

「あー楽しかったぁ」
そういう声がした。俺の隣で。
俺が知っている中で、一番この言葉を「らしく」言える女の子を知っている。
ちっちゃい頃は泣き虫で、ちょっとした事で拗ねたりする子だった。
それがいつの間にやら、涙を笑顔にする事を覚えていた。
「楽しみすぎだ」
俺は、もちろん笑顔で返した。一番「らしく」言われて、笑顔以外のどんな表情を出来るだろう。
「あははは」

浴衣姿の光が、手にした水風船をバンバンと弾いた。
もう片方の手首には、金魚の入った袋。手には綿菓子。頭には、可愛らしいお面を被っていた。
誰が見ても、縁日帰りなのは一目瞭然の姿だ。

「楽しくなかった?」
光が、そう聞いてきた。
確信犯だな。笑ってやがる。
「楽しくない‥‥訳ないだろ」
手にした玩具の銃を光に向けて撃った。ポンと音がして、ひも付きのコルク弾が、情けなく飛びだす。
「でも、縁日でこんなの楽しんだの、久しぶり」
光にとっては、軽く走りこんだ後の気分にも似てるんだろう。
「久しぶり? 縁日しばらく行ってないのか?」
「うん‥‥別にそんな訳じゃないけど‥‥」
光の声のトーンが、少しだけ落ちた。
「ねえ」
「ん?」
「あのさ‥‥もうどこにも行かないよね?」
「なんだよいきなり。別にどこも行きゃしないよ」
なんの事やらだが、俺がそう答えると、光はぱっと顔を輝かせた。
「あ、ううん。なんでもないよ。ごめんね。ヘンな事言っちゃって」
ちろっと舌を覗かせて、照れた風に笑った。
笑顔でなんでも包み隠す。俺にはそう見えた。
笑いたい時の笑顔と、そうでない時の笑顔の区別がつかないとでも思ってるのだろうか。
「なんだよ。らしくない。
 なんの事だよ‥‥正直に言わないとぶっ放すぞ」
笑いながら、玩具の銃を光に向けた。すでにぶっ放したコルク弾をぶら下げたまま。
「ふーんだ。怖くないよーだ」
鼻歌でも歌ってるみたいに、軽くあしらわれる。何事も無いとばかりに。
ま‥‥いいか。別に気にする事じゃなさそうだ。
そう思った時に、光が夜空を見上げて、喋りだした。
「バカだなあって言われるかもしれないけど‥‥
 あれから‥‥ …君が行っちゃってから二年くらいは、お祭りって好きじゃなかったの」
「え‥‥なんで?」
こんな心地いい夜には相応しくない口調よりも、内容の方に驚いた。
「なんでかな」
「はぐらかすな」
俺は笑顔を捨てて、真剣に聞いた。
「‥‥そうだよね。ごめんね」
光は、そう言ってから、すうっと息を吸い込んで、
「覚えてる? …君が行っちゃう前に一緒に行った縁日」
「ん‥‥覚えてるよ」
「そう‥‥よかった」
引越ししてからもしばらくは、縁日という言葉を聞いて、真っ先に思い出していたのは、いつでもこの街で最後に行った縁日と、光の事だった。
少ないお小遣いで買った玩具の指輪を、嬉しそうに見つめてくれた姿だけは、何年経っても忘れなかった。
自分の事以外に、初めて小遣いを使って良かったと思っただからだろうか。
しばらく、俺達の足音だけが響いた。どれくらい経った頃だろう。光が不意に口を開いた。
「もしかしたら‥‥楽しかったせいであの後に…君が行っちゃったんじゃないかって‥‥本気で思ってたんだ。
 だから、お祭り、ちょっとだけ嫌いだった」

私何言ってるんだろう。
バカだね。可笑しいよね。
光はそんな風に笑った。

「楽しめば楽しんだだけ、あとで辛い思いするのイヤだったから」
「‥‥‥‥」

辛い思い。
光にとって、あれは辛い事だったのか。だったら俺だって‥‥

「でも、もういいの。大丈夫。
 私だってもう子供じゃないんだもん。
 もし離れたって、今度はこっちから絶対絶対会いにいくから」
すぐにいつもの光の笑顔が戻った。
少し照れくさそうなのは、らしく無いと思っていたせいか。それでも、真っ直ぐに見てくる。
俺の気も知らないで。俺の胸の奥がどうなってるのかも知らないで。
「は、恥ずかしい事言う奴だなっ」
俺は、照れ隠しついでに、光の手から綿菓子をさっと奪い取った。
「没収」
「ああっ、私の!」
「どこにも行きゃしないよ。万が一そうなっても、もう‥‥」
おっと危ない。俺も恥ずかしい奴になる所だった。
逃げるように綿菓子を口をつけた。
「どうしてこう綿菓子ってのは、懐かしい味するんだろうな?」
「もう! 誤魔化して!
 続き言ってよ。気になるよ」
「ん? 続き? なんの事だ?」
「言ってくれないんだったら、返して」
「もう口つけちゃったよ」
「‥‥いいもん。それくらい」
笑ってくれれば、俺も笑い返せた。照れてくれれば、俺も誤魔化せた。
期待したのは、そのどちらかだ。

真面目な表情になるなんて事は、思いもしなかった。

不意に、考えついた事が頭に浮かんだ。
それを決心をさせたのは、真面目な光の表情に勝手に反応した俺の胸の奥の何かだろうか。
「わかったよ。ほら」
綿菓子を差し出すと、光が手を 伸ばしてきた。
俺は、その手にぽんと乗せた。
自分の手を。
小さい頃に、良くそうしていたように。
「あ‥‥」
光が、小さく声をあげる。が、無視して俺は少しだけ力を入れた。
さっきの返事の代わりだ。
「‥‥‥‥」
握った手に、握り返してくる力を感じた。
「えへへ‥‥」
こんな表情が見られるなら、もっと早くこうすれば良かった。
そんな表情で、また真っ直ぐ見て来た。まったく、照れくさいんだか、心地いいんだかわからない。
「早く帰ろう」
少しだけ歩みを速めて、光を引っ張ると、引き戻してきた。
「ねえねえ、せっかくだから、ちょっと遠回りして帰ろうよ」
「‥‥‥‥ま、いいか」
頬を掻きたかったが、綿菓子と光の手で両手は塞がってる。
お互い、照れ笑い一つ浮かべあってから、歩き出した。
さっきまで居た縁日が、七年前の縁日だったじゃないかと思えるくらい自然に。
非日常な夜が、少しだけ特別な夜に変わった時に吹いた風は、この上無く心地よかった。

後書き

私は夜という素材が非常に好きなので、作ってみました。
短くてなんですが‥‥今度はもっと時間に押されないでやりたいと思うので、その時もよろしく(^^)

最近、自分の文章のスタイルというものに疑問をもちつつやった作品だったので、お見苦しい所とか、至らない所、なによりも面白いと思える物になってるかどーかがいまだに気がかりではありますが‥‥(^^;

Writer: じんざ 氏

☆紹介文はこちら☆

総合評価 投稿数: 125 pts. / 平均: 4.3(良い方だと思う。)
コメント
  • 自然な演出(小説の流れ)がうまいと思った。とくに、主人公の綿菓子を渡す振りして手をつなぐ行為は、すごく恥ずかしく感じた(いい意味で)。久しぶりにいい表現を読ませてもらいました
  • 僕はこういった作品が好きです
  • 光ちゃんの可愛さをよく表せていると思いました。とても感動しました。ありがとう!
  • ずっと昔に忘れてしまったようなシンプルな感情
  • ずっと昔に忘れてしまったような素朴な感情表現がいいですね
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