青い空が広がる。
鳥が巣立とうとする時は、こんな空にと思うだろう。
まだ肌寒い風が吹いても、上を向いていられる。
もうじき、新しい季節がやってくる。
そんな匂いがまざっていれば。
鐘がなっていた。
青い空のどこまでも響いていきそうな鐘の音。
今日初めて聞いた鐘の音だ。
華澄先生の言う事が間違っていたのか、それとも知らないうちに直ったのか。
しかし、そんな事はどうでもよかった。
鐘は鳴っている。
光が目の前にいる。
それで十分だった。
「ほら・・・」
俺はハンカチを差し出した。
「泣きたい時は泣いてもいいけど、泣きっぱなしって訳にはいかないだろ」
「うん・・・ありがとう」
そう言って、光がハンカチを受け取った。
笑顔が涙を裏切った。
涙を追い越した顔。笑顔。
それが今の光の表情だ。
俺が一番好きな表情だった。
「鼻かんでもいいぞ」
「ばか・・・そんな事しないよ」
光は、鼻をぐすっと鳴らした。
「ばか・・か」
俺が笑うと、光が眉を下げながら、
「もう、意地悪っ」
もうハンカチは必要なさそうだった。
不意に風が吹いた。
春の匂いのする風だ。この匂いは、草の匂いか花の匂いか。それとも、本当に春の匂いなのか。
光の柔らかい髪が、そんな風に軽く揺れる。
ふと気づくと、光の髪の中に、何か小さな物が絡まっているのが見えた。
「じっとしてて」
「え?」
俺は、光の髪に手を伸ばして、絡んでいた物を取った。
「なに?」
「いや・・・これがさ」
葉だった。つやつやとしていて、立派な形をしている。これだけの葉っぱの樹なら、きっと立派な樹に違いない。
「綺麗・・・つやつやして。どんな樹の葉っぱなのかな」
「ん・・・どんなんだろうな」
俺は、葉っぱをそっと鼻に近づけてみた。
春の匂いがする。
新しい匂いだ。
何かが終わって、何かが始まった時に、こんな匂いがしたら最高だな。
「あ、私にも」
光の鼻にも近づけてやった。
「・・・・・・」
しばらく匂いを感じていた光が、
「この樹の側に居たら、こんな気持ち良い匂いで一杯なんだろうね」
言葉通りの表情。こんな表情を浮かべてもらえるなら、匂った甲斐がある。とでも葉っぱは思に違いない。
俺は頷いてから、時計塔を見上げた。
青い空一杯に音を広げている鐘が揺れているのが見える。
この鐘の音が止まっても、もう消える事はないだろう。
俺からも、光からも。
「光、行こう」
右手で光の手を握った。
光もそっと握り返しくる。
指先に固い感触。
光を見ると、照れくさそう微笑み返してきた。
「私・・・・忘れないよ。ずっと」
「・・・・そうだな」
最後に一度だけ二人で時計塔を振りかえってから、歩き出した。
「ねえ・・・聞こえない?」
詩織が、目を閉じてそう言った。
卒業証書の筒を腋に挟み、両手をそっと耳の後ろに回しながら。
「何が?」
「うん・・・鐘の音。からん・・・からん・・って」
俺は、詩織みたいに目を閉じた。
二、三度息を大きく呼吸してから、すっと落ちつけて耳を済ます。
緑の匂いの心地よさのせいか、ざわめいていた鼓動が、ゆっくりと落ちついてくるのが判った。
音を探した。
「・・・・・」
どこから聞こえてくるかわからないが、確かに聞こえる。ちょっとでも鼓動が高鳴れば、邪魔されて聞こえない程小さな音だった。
どこかの教会かなんかでなっているのだろうか。
ここら辺にそんな教会なんてあったか・・・ここにずっと居て、こんな鐘の音は聞いた事がない。
「ここらへんって、こんな鐘の音がする物って・・・」
自分で言っていながらわかっていた。この鐘の音は、もっと遠い所で鳴っていると。
「わからないけど・・・でも・・・」
「うん・・・・」
詩織が何を言おうとしていたのか、俺にはわかっていた。
この鐘の下に居る奴が、不幸な訳がない。
不意に風が吹いた。
伝説の樹がざわめく。
もう行く時間だと言っているように。
わかってる。俺達はもう行くよ。
大丈夫。見届けてくれたからな。
俺は、自然に詩織の手を握っていた。
あの頃の時のように。
「詩織。行こうか」
「・・・・うん」
俺達は、伝説の樹をもう一度だけ見上げた。
少女は目を細めた。
まぶしい太陽の光にか。それとも、風の心地よさにか。
「ねえ」と、不意に少年に聞いた。
「なに?」と少年は答える。
少女は、答えた少年の顔を見て、小さく首を振った。
「なんでもない」
「・・・・そっか」
少女は聞きたかった。
伝説を信じるかと。
少女も、本気で信じている訳ではないのかもしれない。
それでも――
「ねえ」
もう一度少女は聞いた。
「なに?」と少年は同じ事を繰り返す。同じ表情で。少女の好きな表情で。
何度聞いても、同じ表情で答えるだろう。そんな少年だからこそ、今少女は側にいる。
ずっと前から。これからも。
なんでもない。と、少女は口にしなかった。
代わりに、繋いだ手に力を込めた。
もう離さないでと。ずっと一緒に居ると。
少年も、それに応えるように、手に力を込めた。
不意に、少女が何かに気づいたのか、振りかえった。
「どうした?」
少年の問いに応えずに、しばらく少女は後ろを見てから、何事もなかったように、少年の方に向き直って、微笑みながら小さく首を横に振る。
「行こっ」
少女は、少年を引っ張るように、とんっと一歩前に踏み出した。
小さな少年と少女が、遠ざかっていく少年と少女を見ていた。
去っていく二人と同じように、手を繋ぎながら。
ばいばい。
そう言って、手を振りながら。
「行こっ」
少年が、女の子に言う。
「うんっ。行こっ」
小さな二人は、駆け出していった。
春の中へ。
終わった季節へ。
始まった季節へ。
関係ない愚痴ですが、今回非常に限界ギリギリまで作業していて、いろいろと至らないところが一杯あったんですが、そういう意味では大後悔です(泣書きたい事が書けなかった辛さは・・・
とにかく、そんな感じなんで、さぞや見苦しい作品になったと思われるでしょうけど、とりあえずここまで読んでくれた方には感謝いたします(^^)
ときメモ2の物語は、これからHPでいろいろやっていこうと思っています。
| 総合評価 | 投稿数: 125 pts. / 平均: 4.2(良い方だと思う。) |
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| コメント |
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