「空気」
「わからない」
「じゃあ・・・水」
「うーん・・・・」
「ご飯」
「ますますわからん」
「今のはちょっと遠すぎたね。えっと・・・靴」
俺は首を振った。もちろん横にだ。
「太陽っ」
「わかんないよ」
「もう。どーしてわからないかな?」
「わかるか」
「うーん、それじゃあね・・・炬燵」
「暖かい物・・とか?」
「違うよ。空気と水は?」
「だから、お湯とか温風とか」
「全然わかんないよ」
「だから、俺こういうの苦手なんだってば」
「大丈夫大丈夫。ヒントが多くなれば、わかるようになるって」
「うーん」
「じゃあいくよ。えっと・・・電気」
「電気製品に関係するものか?」
「ぶー」
「だー・・わからん」
「そうだね。それじゃあ・・うーんとえーと・・・・」
光しばらく頬に手を当てて考えてから、
「…君・・・とか?」
「何だよ?」
「あ・・えと。だから、…君に何言ったらわかるかなーって。あはは」
「おかしなやつ」
「・・・ま、まあいいから。それじゃ続いて・・・」
今度のはかなり長考だ。
「・・・衣食住」
「はあ?」
「幼馴染」
「そんな続けて言うな。なんだそりゃ・・・・」
俺には答えはわかっていた。なにしろ最後のは、ヤケクソとしか思えない。が、最後のはなんだ。それがわからない。
「必要な物か?」
「うーん。まあ正解。正確には、失って初めて気づく物・・かな」
「そっか・・・まあ言われてみれば。でも、最後のは・・・」
「まあまあ、細かい事は気にしない」
「別に。全然気にしてないよ」
光の表情に、気にするのが悔しくなって、思わず答える。ほんとは、気にしなかった訳じゃない。でも、一人で気にするのは悔しいじゃないか。まるで掴み所の無い物を追いかけるのは空しい物だ。
そりゃ、幼馴染ってのは、確かに失って初めて気づく物かもしれない。
あの時車の中で光ちゃんや華澄お姉ちゃんと離れたくないと泣いた事が頭の中をよぎる。
「・・・・・・・・・ちょっとくらい気にしてよ」
「ん? なんだよ」
「別に。なんでもないよ」
「そういうのは余計気になるんだよ。らしくない」
「いいよーだ。らしくなくたって」
「光って、もっと判りやすいやつだと思ったんだけどなあ」
「…君がわからなさ過ぎるんだよ」
「俺ってそんなややこしいか?」
「違うよう。そうじゃなくて・・もう・・・いい」
「あら。光ちゃん。…君」
「あ、華澄さん」
振りかえった俺と光でハモった。
もう一人の幼馴染・・・というより、姉さんと呼ぶに近い人が、柔らかい笑顔で俺達を見ていた。先生だろうとなんだろうと、俺達の中では、華澄さんは華澄さんだ。
「相変わらず仲がいいわね」
「今のやりとりのどこらへん見てそう思ったんですか?」
「あ、ひどいー」
バカ。照れ隠しだ。
「そういう所よ。まったく二人とも変わってないったら・・・」
「ねえ、華澄さん。聞いてよう」
まるで、友達にでも話しかけてるような口調だ。
「どうしたの?」
「・・・・・あ・・・うん」
何かを言いかけて、光がチラチラと俺の方を見てくる。
「あ、そうだ。・・・・・・私、これからちょっと実家の方に寄るの。もしなんだったら、二人とも遊びに来る?」
「いいんですか?」と俺。
「ほんとに?」と光。
「ええ」と笑顔の華澄さん。
「あ・・・でも・・・えっと、ちょっと資料を忘れちゃって。これから学校に戻らなくちゃいけなくて・・簡単な事なんだけど・・・」
「え? 何だったら俺行ってきましょうか? 俺の格好だったら、華澄さんが学校戻るより早いですよ」
「あら。本当に? 助かるわ。でも・・・」
「いいですよ。どうせついでですから」
「ぶー」
「ふふっ・・・それじゃあ、お願いしようかしら。いい?」
「ええ、もちろん。ついでですから」
「ついでって何よぉ」
光の非難の声。俺はあえて無視した。
「それじゃ、笠間先生に連絡しておくから、ちゃんと笠間先生に断って持ってきてね。茶色い皮の小さい手帳だからすぐわかると思うわ」
「はい」
俺はきびすを返した。
「うー・・・一緒に帰るって言ったのにぃ・・・」
「まあまあ。あ、ちょっと連絡するから待っててね」
華澄は、携帯電話を取り出して手早くボタンを押した。
「あ・・・笠間先生? 麻生です。
ちょっとお願いしたいんですが、今から、私の机の引出しの中にある、皮の手帳を机の上に出しておいていただけませんか?
そう、こないだのアレです。それを、今からうちの生徒が、そちらに伺うと思うんですが、そうしたら、それを持っていくように伝えていただけませんか?
そうです。はい・・はい。よろしくお願いします。
はい。あ、いえ、今度ご一緒させていただきます。それでは・・・」
電話を切って、にこっと微笑む。
「忘れ物じゃないんですか?」
「あら? そんな事言ったかしら?」
「だって、今、良子先生に・・・」
「光ちゃん。もういつまでもあの頃のまんまじゃないでしょう?」
「・・・・・・・・・」
「こういうテクニックだって必要なのよ。で、私に聞きたいことって? もう邪魔者は居なくなったし、思う存分話してもいいんじゃない? ふふ」
全てが繋がったのか、光はぱっと顔を輝かせて、うんと頷いた。
「あ、そうそう。聞いて聞いて。…君ったらね・・・」
「あら、そうなんだ・・・・」
「それでね・・・」
「ふうん・・・」
「とにかく、すっごく鈍いんだよ」
「そうよねーそんな感じするもの」
「どうしてかなぁ。やっぱり幼馴染とかだと、ちょっと違うのかなあ」
「それもあるのかもしれないけど、光ちゃん、まっすぐすぎて、…君もわからないのよきっと。もっと搦め手使わなくちゃ」
「でも、それじゃ絶対わかんないと思う」
「うーん・・・まあしょうがないかもね。まっすぐなのは光ちゃんのいいところだもんね。…君だってそのうち気づくわよ」
「そっかなあ」
光のぼやきを聞いて、華澄がくすくすと笑い出した。
「そういえば、光ちゃんと同い年の子の勉強を見てあげた事があるんだけどね。
その子も幼馴染が居て、光ちゃんとおんなじような事言ってたなあ。光ちゃんと全然違うタイプだったけど。やっぱり幼馴染って苦労するのねえ」
「やっぱりそうなのかなあ」
「ま・・・とにかく、光ちゃんらしくが基本よね。あとは、たまに変化球ね」
「うんっ。りょうかーいっ」
「でも、ほんと。あの光ちゃんとこーんな事話す様になるなんてねえ。何時の間にかこんなに大きくなっちゃって」
「あの頃は、大変お世話になりましたっ」
「ふふっ」
「あはは」
「ああ・・ほんとに懐かしい。でも・・・…君帰ってきて良かったわね。光ちゃん」
「・・・・うん」
それから二人は無言でしばらく歩いていた。引き出しの奥から見つけてきた大事な宝物を見つけた時の余韻を味わうには、必要な沈黙だったのだろう。
最初に口を開いたのは華澄だった。
「ほんとはね・・私もあの時はさすがに泣けてきちゃってたんだ。でも・・・そう言えば、光ちゃん、いつのまにか泣かなくなってたよね?」
「うん・・・いつまでも泣いてられなかったし・・・それに、泣いてもどうしようも無かったからね」
「そうね・・・」
「中学に入る頃には、正直言うと、ほんとは少し忘れかけてた。でも、中学で部活で全国に行くと、いろんな学校が来てるってわかって、そういえば・・って気になった頃からかな。…君の事思い出したのは」
「・・・・」
「結局それも出来なかったけどね。でも、まさか高校で会えるなんて思ってもみなかった」
「光ちゃんって、割りと一途な方なんだ・・・」
華澄のすこしからかう様な声に、光は少し困ったように微笑んでから、
「あ、う・・・ん。別にそういう訳でもなかったよ。中学の頃、憧れた先輩とか居たし。
でも・・憧れたまんまだったなあ。ほんとに好きっていうのとは、今思うとだけど、やっぱりちょっと違ってたんじゃないかなって。それに・・・もう別れるのやだったし・・・あの時からずっとそんな事ばっかりが怖くて」
「・・よっぽどあの時悲しかったのね」
「もうずっと前の事なんだ・・って思ってても、あの時の事は、ハッキリ思い出せるくらいだったから」
「ほんと。そこまで一人の女の子に影響しといてねえ・・・」
華澄は、大きくため息をついた。いくらなんでもこれはない。誰が悪い訳ではないのを知ってはいても、思わず付かずにはいられないため息であった。
「ですよね。そう思いますよねっ!?」
「ほんとほんと」
「あはは。そうですよねっ」
今まで貯めてきた事は誰にも話せない事だった。
親友である琴子にさえも話した事もない。言った所で、共感を得てくれるとは思っていなかったせいだった。
真面目に聞いてくれるのは判ってはいるものの、あの時の悲しみの時間に居てくれなかった差は大きい。
あの時、同じ時間の中に居た、それこそ姉とも言える華澄だからこそ、光は話せたのだ。
胸のつかえが今まであったのが不思議なくらいの爽やかさに、光は思わず大きく息を吸いこむ。
貯めこんでいた物の変わりに入ってきた空気は、光の心を熱気球の様に浮かび上がらせていく。
「華澄さんっ。また今度・・・昔みたいに三人で遊園地とか行こうよっ」
「あらあ・・私が行ってもいいの? お邪魔しちゃうんじゃないの?」
「あ・・・」
「ふふ。冗談よ。じょーだん」
「華澄さんの意地悪っ。いいの。華澄さんも一緒に行くのっ」
「はいはい。じゃあ先生が連れていってあげますからね。ちゃーんと言う事聞かなくちゃ駄目よ?」
「はーい」
光は、いつかの様に手を上げて答えた。
でかいくしゃみ一発。あまりに派手なくしゃみをしたせいか、職員室に残ってる先生の何人かがチラリと見てくる。
「あら。風邪? 気をつけなくちゃ駄目よ?」
「あ、ああ・・すいません」
笠間良子先生に気遣われただけでも良しとするか。
「麻生先生の机の上のね。どうぞ。連絡は貰ってるから」
「華・・じゃなくて、麻生先生って、結構おっちょこちょいな所ありますよね」
「ふふっ・・・そうね」
「なんですか?」
華澄さんの事を笑っているというより、俺が笑われているような笑い方だ。もっとも、悪い気どころか、不思議といい気分になるのは、良子先生ならではだが。
「なんでもないわ。とにかく、用事が済んだら、浮かれて慌てないで気をつけて帰りなさいよ」
「は・・・」
「い」と答える代わりに出てきたのは、特大のくしゃみだった。
ちぇっ・・光の奴だな。
不思議と、そう思うとどこか楽しい。
俺がそう思ってるなんて、光はわかっちゃいないんだろうな。
華澄先生と光も、お互い幼馴染で、姉妹のように・・・という設定も大好きなので、今回そんな感じのもやってみました。
もちっとやりたかったんですけどね(^^;
| 総合評価 | 投稿数: 130 pts. / 平均: 4.2(良い方だと思う。) |
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