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44:詩織と愛

「それじゃ、明日駅の前でいい?」

詩織はメモに時間と場所を書き込みながら言った。

「うん」

電話の向こうから、うなずく声。
美樹原愛の声だ。

「明日晴れるといいね」

詩織は、夜の降りた窓の外を見ながら言った。


「‥‥詩織ちゃん?」
「ん? なに?」

愛の声に、詩織は不思議そうな顔をしながら、ベットに座りこんだ。
つい最近導入したコードレス電話のせいで、若干長話が過ぎるのを詩織自身は多少気にはしているものの、どうしても話し込んでしまう。

「最近‥‥‥なんかすごく楽しそう」
「えっ?」

愛にそんな事を言われるとは思っていなかったのだろう。
少し驚いたような声をあげた。
チラっとだけ、詩織の心の中に、ある顔が思い浮かんだ。

──もし本当に変わったと思われているなら、きっとその人のせい。

同時にそう思って、窓から見える向かいの家の部屋の明かりを見た。

「そ、そうかな?」
「うん、なんだかとっても明るいっていうか‥‥‥以前までとなんか違う」
「別に‥‥変わってないと思うけど」
「ううん。絶対どこか変わった」
「そんな事‥‥‥」

指摘よりも、愛が以前までは言わなかったような事を言ってこれるようになったのを驚いていた。
それでも詩織の口元には、微笑み。

「変わったのって、わたしじゃなくてメグの方じゃない?」
「えっ‥‥わ、わたしは‥‥」
「なんかあったの? 前と比べてずっと言いたい事言ってるよ」

ちょっとしたお返しだった。その効果はあったようだ。

「詩織ちゃんの意地悪っ」

少し恥ずかしそうに言う声が詩織の耳に届く。

──わたしがいつもあの人に言う言葉なのにね。

可笑しさに、詩織の口元がツっと釣りあがる。

──意地悪がうつったのかなぁ‥‥ふふっ

「最初に言ったのはメグじゃない」

笑いながら言った。
が、その後少しだけ沈黙が来た。いきなりの会話の後遺症だ。
いや、詩織がふと思った事を言い出すのに要った時間だったのかもしれない。

「‥‥‥ねえ、メグ」
「なに?」
「あのね‥‥ちょっと変な事って思われるかもしれないけど‥‥‥」
「うん‥‥‥」
「その‥‥‥メグは‥‥両想いで始まる恋愛って信じる?」
「えっ?」

さすがに愛も驚いている。
無理もない。言った本人の詩織でさえ、言うのに度胸を要した事だ。

「両想い‥‥って、「あの」両想いの事?」
「うん‥‥そう」
「詩織ちゃん‥‥‥何かあったの?」
「えっ! あ、う、ううん‥‥なんでもないの。
 ただ、なんとなく」

まるで目の前に電話の相手が居るかのように、首を振りながら答えた。
向かいの家の部屋に向けていた視線も、慌てて反らす。

「わたしは‥‥‥両想いからの恋愛って、信じたいって思うけど‥‥」
「‥‥‥メグ」
「でも、好きになったのはこっちが先だったら‥‥」
「そうでしょ? そうなのよ‥‥‥」

聞きたい部分はそこにあったのか、詩織の声が少し跳ね上がった。
愛の話の途中にもかかわらず、詩織がそのまま話し続ける。

「恋愛の始めって、どっちかが先に好きになるわけでしょ?
 そしたら、それは片思いって事になると思うの」
「うん‥‥‥」
「例えば、わたしが‥‥‥」

詩織は、目を再び向かいの家の部屋に向けた。
カーテン越しの明かりをじっと見つめている。

「例えばだけど、わたしが誰かを好きになって‥‥‥
 でも、その人にその事言わないと伝わらないでしょ?」

その喋り方は、電話先の愛ではなく、カーテンの向こうに居る相手に向かって話しかけているようでもある。

「うん」

愛はすっかり聞き役にまわっている。

「だから、両想いから始まる恋愛なんて、都合がよすぎるかな‥‥って」
「うん‥‥‥確かにそう言われてみると」
「でしょ?」
「でも‥‥‥
 今、恋人同士になってる人達って、やっぱり最初はどっちかの片思いから始まっていると思うの‥‥
 それでも、相手にこっちを良く思う気持ちがなかったら、恋人同士になんてなれないと思うし‥‥」
「‥‥‥そう‥‥そうよね」

詩織自身、答えを聞くまでもなく知っていたのかもしれない。
ただ、自分が思う以上に相手にも自分を思って欲しいという、どこか勝手な思いを理由づけて考えてみたいという気持ちがあったのかもしれない。

「ごめんね、メグ。変な事聞いちゃって‥‥」
「ううん。わたしもそういう事あまり考えてなかったから‥‥‥
 とっても参考‥‥っていったら変だけど、そんな感じだったよ」
「ねえ、メグにはそういう風に考えるような相手って居るの?」

言った事で、少し気持ちの整理がついたのか、詩織に悪戯心が湧いた。

「あ‥‥えっ、わ、わたしは‥‥‥」
「居るんでしょ?」

ますます悪戯心に拍車がかかる。
胸のつかえが少しでも取れたせいだろうか。

「‥‥‥うん」

少しの無言のあと、小さく頷く声が聞こえてきた。

「え? ほんとに?」

聞いた詩織本人が驚く。
例え居たとしても、即答はしてくれないと思っていたせいだ。
詩織は、電話の向こうで真っ赤になっている愛の姿を思い浮かべた。

「‥‥やっ、詩織ちゃん、この事は絶対内緒にしてね」

詩織の驚いた声よりも、驚いた風な愛の声。

「わかってる。誰にも言わないから安心して」
「きっとね」
「大丈夫よ。安心して」
「う、うん‥‥‥」

これ以上ないというくらい恥ずかしそうな返事がかえってきた。

「それで‥‥誰なの?」

詩織は、今までの電話の中で一番小さな声で訊いた。

「えっ‥‥?」
「あ、う、ううん。いいの。気にしないで」
「‥‥‥」
このままハッキリ聞いたら、今はいけないと思ったのか、詩織は首を振りながらごまかした。慌てているのは詩織の方なのかもしれない。

「詩織ちゃんは‥‥居るの? そういう人‥‥‥」

今度は愛からの質問だった。
鼓動が一瞬止まるような感覚に、胸を抑えた。

「わ、わたし?」
「うん」
「わたしは‥‥‥‥」

向かいの家の窓の部屋をチラリと見つめた。
いつも近くに居てくれる人が、少し遠く感じる。
そう思いながら。

──もしわたしがあの人にこの気持ちを言ったら、あの人はどう思うだろう‥‥

「詩織ちゃん?」
「え? あ、なに?」
「どうしたの? 黙っちゃって‥‥‥
 わたし、なんかいけない事聞いちゃった?」

申し訳なさそうな愛の声に

「あ、ち、違うの。ごめんなさい。ちょっと考え事しちゃって」

慌てぶりがバレないように、精一杯抑えた声で言った。

「そう‥‥良かった」

ほっと安心したような声に、詩織もなぜだか安心した気持ちになる。

「そうそう、わたしの事だけど‥‥‥内緒」
「詩織ちゃん、ずるぅい」
「冗談よ冗談」

笑いながら言って

「ほんとはね‥‥‥」

Writer: じんざ 氏

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総合評価 投稿数: 280 pts. / 平均: 4.7(良い方だと思う。)
コメント
  • 続きが読みたかった。
  • 詩織ちゃんと美樹原さんのTELですか・・・。なんか、とっても感じがでてますね。(^^♪
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