Ktouth Brand. on Web



29:最後のあいさつ

「おはよう」
門を出ると、いきなりそう声がした。
「あ、詩織………」

特別な朝。
特別な日。

そんな日に、少し早起きできたのは、昨日の夜に詩織と約束したからだった。
桜の木には、まだ蕾すらついていないが、その中では確実に「春」が育っているのだろう。

三月一日。
俺達がきらめき高校を巣立つ最後の日…………

「おはよう」
特に高校生活最後の挨拶という意識はなかった。言うまでは。
言ってから、ふと気が付いて、少し寂しい気持ちになる。
「うん……おはよう」
詩織が、二度目の挨拶を、ニッコリと笑いながら言った。
「いよいよ……か」
「いよいよね」
空を見上げてみた。
朝の空気は、まだ少しだけひんやりしていたが、雲ひとつない透き通るような空が広がっている。
この制服を着て、朝の空を見上げるのは最後かもしれない。
詩織は、空を見上げながら、誰にともなく小さくつぶやいた。
「三年間……今思うと、あっという間だったね」
「確かに……」
俺も空を見ていた。
入学してからの事が、雰囲気だけを残して頭の中を駆け抜けていく。
詳しく思い出す時間はなかった。
ふと俺の方を見ている視線に気づいたから。
「……ん?」
俺が詩織の方を向くと、詩織は慌てて俺から目線を逸らした。
「なに? どしたの?」
「え? ……あ、なんでもないの。なんでも……」
「そっか……」
詩織の頬の紅みが気になった。
「んじゃ、そろそろ行こうか」
「……うん」
そう言って歩きだしてから、すぐに詩織は急に立ち止まった。
そのせいで、俺は三歩ほど先を進んでしまった。
「ん?」
振り返ろうとした俺を、言葉が止めた。
「あ……ごめんなさい。ちょっと」
「どしたの?」
「通学路で、…の背中って一度も見た事なかったから」
その言葉に、いつもは騒がしい俺の心臓が、小さく縮んだような気がする。
卒業式の朝だからだろうか。
「……いままで、あんまり気にして見てなかったんだけど。おっきいね。背中」
「そ、そう?」
さすがに、そう言われると照れくさい。
「どんどん遠くに行っちゃうみたい……」
「え?」
「な、なんでもない。さ、早く行きましょう」
あわてた風に、詩織は走り出して、俺の横を通りすぎた。
ふと、俺の知らない香りが、ふわっとした風に混ざって、微かに鼻をくすぐる。
なんだろうこの匂い……今までかいだ事の無い匂いだ……すごく柔らかくていい匂いだな……
気を抜くと、風の匂いかと思えるくらいの、微かな……本当に微かな匂いだ。
はっと我に返ると、俺が匂いに気を取られている間に、詩織は軽く弾むような足取りでどんどん先に行っている。
「あ、おい。ちょっと待ってくれよ」


微かな柔らかい匂いを追いかけながら、俺も詩織の背中を見ていた。
匂いよりも微かな予感に、小さく胸高鳴らせながら。

後書き

卒業式。
朝。

わたしは、卒業式の朝の事は覚えてません。
もう随分昔なので。
でも、今思うと、こんな感じだったかな。と思うわけです。
となりには、そんな事を一緒に思ってくれる人はいませんでしたけど。
もし居てくれたら………
そんな事を考えて書いてみました。

TOKIシリーズにしては短いですね。
長いばかりの物よりも、たまには小さい物をスっと書いてみてもいいかな。
最初はそうしてたんだし。
そう思って、短くなりました。
長くする理由もなかったので。

Writer: じんざ 氏

☆紹介文はこちら☆

総合評価 投稿数: 279 pts. / 平均: 4.7(良い方だと思う。)
コメント
  • この作品を読んだ後に、ゲームのエンディングを見てしまいました。(笑) 短くても、しっかり作者の方の気持ちが伝わって来ました。こんなのも良い物ですね!(^^♪
☆投稿された感想の統計・一覧はこちら☆

感想の投稿

この作品はどうでしたか?良ければあなたの評価をお聞かせください。

  1. この作品の総合的な評価(7段階)をお聞かせください。
  2. (「読みたい!」なら)どんな作品が読みたいですか?
  3. 作者に何か一言ありましたら、お気軽にどうぞ(省略可)

    ※ タグはエスケープされます。スパム対策のため、httpアドレスを含むコメントは投稿できません。必要なら先頭のhを削るなどしてください。